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スープに沈む

  • 執筆者の写真: 社ノ黑狐
    社ノ黑狐
  • 2 日前
  • 読了時間: 15分

美味しいピザ


うちの近所にあるピザ屋。


チェーン店ではなく、個人でやっているお店。店主のおじさんはとても優しく、人当たりが良い。


小太りでガタイが良く、一見イカつそうだが、一日中笑顔なんじゃないかというくらいずっとニコニコしている。


『ピザの窯田屋』


そのニコニコのおじさんは本当に本名が窯田というらしい。


名前からピザ窯を連想して始めたのか、偶然なのかは分からないがとにかく覚えやすい。


うちは常連で一家全員顔を覚えてもらっており、行くと必ず何かサービスしてくれる。


近所で取りに行きやすいのと母も料理があまり好きではないということもあり、週に1回は必ず食べる。


多い時は3〜4回。特に友達が泊まりにきたり、来客があったりするとついつい頼んでしまう。


価格もかなり安く、量も多い。

そして何より超美味しい。

味は濃いめでガツンとくる感じ。


他のピザにはない、得体の知れない旨みを感じる。


それに何より具が多い。いつ食べても大満足のピザだ。

たまに、肉に硬いところがあり、噛みきれなかったりしたがそんなのは全然問題にならない。


個人のお店で一人営業だし多少は仕方ない。


価格等を考えればなんの文句もない。


そしてスープも最高。


ごろごろとじゃがいもが入っており、玉ねぎとにんじんの出汁が肉に染みて最高に美味しい。


薄めの味付けのためか、素材の味を深く感じられる。


窯田ピザ屋はボクが小学校3年生の時にオープンした。


ボクは今中学2年生になった。今までで窯田さんのピザを何枚食べたのだろう。


もうここまで育ったのは窯田さんのピザのおかげと言っても大袈裟ではないとおもう。


部活で動き回り、空腹の状態で頬張るピザは犯罪級に美味い。


今日もボクは腹減りの状態で母と窯田屋へピザを取りに行く。


「いやぁ、いつもありがとうねぇ。助かるよぉ。」


「それはこっちのセリフよぉ〜。旦那も子供たちも窯田さんのピザ大好きだから。とっても安いし量も多いし、私が料理嫌いだから助かるわぁ。みんな今日はピザって言えば、喜ぶもの!私が料理作った日なんて無言なくせにねぇ。」


「あっはっはっ。うちのピザが好評で嬉しい限りですよ。」


窯田さんは豪快に笑う。

でも嫌な感じはせず、いつものニコニコ顔がさらにほぐれた優しい表情で笑っている。


「なんでこんなに安いの?」


窯田さんはニコニコの顔でボクの方を見る。


「おじさんが子供の頃はねぇ、ピザなんて食べられなかったんだよ。田舎住みだったから近くにピザ屋なんてあるわけないし、成人して都会に出た時にピザを食べようと思ったけど、なかなかいい値段してねぇ。特別な時じゃないと食べられなかったんだよ。だからね、みんながいつでも食べられたら素敵だなって思ったんだよ。それに、自分で作ったものをみんなが美味しいって言ってくれたら最高だろ?」


「でもこんな安くしてお店大丈夫なの?」


「あっはっは。まぁねぇ、本当はもっと値段上げたほうがいいんだろうけど、いろんな人にうちのピザ食べてもらって喜んでもらいたいからね。仕入れとここの家賃と自分が最低限生活できるお金があればそれでいいかなと思ってるんだ。」


「あらぁ〜。仏様みたいじゃないのぉ!」


ボクもそう思った。こんな懐の深くて優しい人間がいるのが信じられなかった。


自分で作ったものを美味しいと言ってもらえたら嬉しい。確かにそうなのかも。


当時、母に進路のことをうるさく聞かれていた僕は、料理人なんていいかも。そんなふうに思った。


進路に悩んでいたボクに道を示してくれた。そんな窯田さんの笑顔の裏には。




失踪


ある日、何事もないいつも通りの土曜日。家のインターホンが鳴る。姉が出ると宅配便だった。姉がサインをして荷物を受け取る。


荷物を持ってリビングに行き、箱を開ける。


その間にまたインターホンが鳴る。姉は手が離せなそうなのでボクが玄関を開ける。


そこにはスーツ姿の男が2人。ボクは身構えた。


男2人は警察官だった。警察手帳を見せながらボクに話しかける。


「こんにちは。ごめんねいきなり、私たち警察なんだけど、ちょっと聞きたいことがあってね。お父さんかお母さんいるかな?」


「…は、はい。あっ、ちょっと待ってください。」


ボクは急いで母を呼びに行く。姉と父もついてきて、家族全員で警察の応対をする。

父が代表して用件を聞く。


「何でしょう?何かあったんですか?」


「ご主人、いきなりすみません。近所の窯田ピザ屋ってわかりますか?」


「わかりますよ。うちは頻繁に注文してますから。今日の昼も頼もうと思っていたのですが、電話が繋がらなくてね。直接店に行って頼もうと思ってたんです。」


父が返答するが、警官の表情は変わらない。


「電話をかけたのは何時ですか?」


「うーん、30分前くらいですかね。」


するともう一人の警官がメモを取る。


「何かあったんですか?」


父もボク達も不穏な雰囲気を感じ取っていた。


「あそこの店主の窯田さんね、失踪してしまいまして。」


「えっ?」


「失踪?!」


母は驚き声を上げる。


「店の中のものはそのままで店主の窯田さんだけいなくなってしまって。」


ボクの頭の中にはあのニコニコの優しい窯田さんが浮かぶ。そして、いなくなった理由を考える。


そしてふと思う。お店の利益が出なくて、首が回らなくなってしまったのでないか?それで家賃が払えず失踪してしまったのか?


「家賃が払えなくなっちゃったのかしら。あそこ利益度外視で破格の値段で激安だったものねぇ。みんな助かってただろうけど…。やっぱり利益のことも考えないとダメよねぇ……。」


ボクだけではなく、母も同じように思ったようだ。


家族全員が罪悪感を感じる。

うちが頼みすぎただろうか?それと同時に、あのピザを食べられなくなることに後悔を感じる。


あの美味しいピザが食べられなくなるのか?

あんなに安くてボリューミーで超美味いピザが食べられなくなるのか?

それにあのスープも。あの味は絶対に忘れられない。


この辺の家はみんなお世話になってたはず。これは大騒ぎだぞ。そう思った。


「そうではなく。ヤクザ絡みの事件に関与している疑いが浮上しまして、話を聞こうと店に行ったら店主が居なかったんですよ。」


「えっ?!事件に関与?!あの窯田さんが?!」


「警察が捜査してるのに気づいて逃げたのかは不明ですが、目撃情報を募ってるんです。」


ちょ、ちょっと待て、頭が追いつかない。


窯田さんが事件に関与?逃走?


何だよ……。何を言ってるんだ?何が起きてるんだ?一体何があったんだ?


「生活が苦しくなって、ヤクザの手伝いで窃盗とかですか?」


そうだ!それだ!みんなに安くピザを提供して喜んで欲しいという気持ちが強すぎて、利益を出せず、困った末に窃盗をしてしまったんだ!!

そうに違いない!


警官「いえ……。」


母「えっ、じゃあ詐欺とかですか?」


警官2人は困った顔をする。うーんと言った感じで考え込む。


「まぁ、とりあえず今日は目撃情報を聞きにきただけですから……。どこかで窯田を見たとか、思い返すと怪しい行動をしていたとか、何でも結構ですのであれば教えていただきたいです。」


家族全員、玄関で立ち尽くし考え込む。だが浮かぶのはあの優しい笑顔の窯田さんのみ。怪しい行動なんて一切ない。


「目撃情報も何も……この前ピザ頼んで以来、会ってないし……。街で見かけたりもしてないし、ましてや怪しい行動なんて……。あんな優しい人なのに。そんなのないよなぁ。」


父の言葉に家族全員が頷く。


「そうですか。もし、見かけたり、何か思い出したりしたらこの番号に連絡ください。」


警官の1人が父に名刺を渡し去っていった。


リビングに戻った僕たちは窯田さんのことをずっと話していた。


1ヶ月経っても窯田さんは戻らず。捜査の進展もわかるわけなく、日々が過ぎる。


3ヶ月経つ頃にはピザが恋しい気持ちと、窯田さんが心配だと言う気持ちでいっぱいだった。


それはボクだけじゃなく、家族全員。いや、ピザ屋を利用していた全員が思っていることだろう。


夕食時、母がテレビをつけた。


ニュース番組がやっていて、明日の最高気温が何度とか甲子園でどこが勝ったとか、どうでも良いニュースが続く。


父と母はニュースを見ている。

ボクもぼーっと見つめる。

姉は携帯をいじっている。


アナウンサーは笑顔でニュースを伝えている。


そんな中、アナウンサーの顔が急に神妙面持ちになる。


「逃走していた、窯田圭吾容疑者が逮捕されました。窯田容疑者は数年間に渡り、暴力団等から多額の金銭をもらい、遺体遺棄を請け負っていたとのこと。3ヶ月ほど前に失踪し、行方がわからなくなっていましたが、アパート経営者から、窯田容疑者に似た人物がアパート契約に来たと通報があり逮捕に至ったということです。」


家族全員が目を見開き、テレビに釘付けになる。

テレビには窯田さんの顔写真が写っていた。

いつものニコニコ顔とは違い、真顔で怖い顔だった。


あの窯田さんが遺体遺棄?なんだこれ?頭の中がグルグルしてまともに座っていられなくなる。


暴力団から多額の金?

だからピザが安かった?


「警察は遺棄された死体の身元確認含め、捜査を進めていく方針です。続いてのニュースです。」


母がテレビを消す。

家族全員がどんよりとした空気になる。


姉が部屋に行ったので、ボクも自分の部屋に行く。


いったい何だ?

今何が起きているんだ?


何年も身近にいて、仲の良かった人が容疑者?

なんだこれ。


それから数日、家の中は暗かった。


次の週、また母が昼過ぎにテレビをつける。


ワイドショーがやっており、そこでは『人肉ピザ』とデカデカと書かれたパネルの前で説明する司会者。


…………人肉……ピザ?


「これはとんでもない事件ですね。恐ろしいなんてもんじゃないね。日本でこんなことが起きたなんて信じられない。じゃあ木村アナウンサー、事件概要の説明をお願いします。」


女性アナウンサーが大きなパネルの前に移動し、説明を始める。


「この人肉ピザ事件、窯田圭吾という男を中心に説明していきます。まず、この窯田という人物は、窯田ピザ屋というピザ屋を経営しておりました。とても安価で量が多く、とても美味しいと近所では大人気だったようです。」


「容疑者がやってた店が大繁盛ねぇ……。」


司会者が何か言いたそうに口を挟む。


「実際にここの近所の方に窯田という人物を聞いてみると、いつも笑顔で優しい人だったとのことで、みなさん驚きを隠せない様子でした。」


「ですがこの窯田、とんでもない人物だったのです。複数の暴力団から死体の処理を請け負い、多額の報酬を数年間に渡り得ていたとのことです。今までどのくらいの死体を処理したのかという質問に対し、自分でもわからないと答えたと。」


「いや皆さん。恐ろしいのはここからなんですよ。」


「はい。警察からのどのように処理をしたのかという質問に対し、死体の骨と肉を分け、肉は豚肉や牛肉と一緒にミンチにし、ピザに乗せ提供していたとのこと。」


姉が横で急に嘔吐する。父もトイレへ走っていった。母は意識を失い倒れる。


家族がそんな状況なのに、ボクはテレビから目を離せない。


胃の中から上へ突き上げるような吐き気。咳き込みながら吐く。


胃液の苦味と苦しさで涙が出る。それでもテレビから目が離せない。


「ピザの味を濃くすることによって、味でバレないようにした。量を早く減らすためにたくさんトッピングしたと語っています。」


「完全に計画的な犯行ですね。」


戻ってきた父が急いでテレビを消す。

正面の家から叫び声が聞こえる。

奥さんが発狂しているようだ。


おそらく今のワイドショーを見たのだろう。


ピザを食べたとき、たまにあった固くて噛みきれなかった肉…。

あれは………人の……………。


また嘔吐する。


この出来事はボクに一生癒えることのない深い深い傷をつけた。




あの味


あれから5年経った。


僕たちは何とかあのトラウマを乗り越えた。

乗り越えたというより、蓋をして忘れるようにした。


完全に忘れられはしない。

今もたまに思い出す。

思い出すたびに酷い吐き気に襲われる。


うちの家族も近所の人も、誰もあのピザ屋の話をしない。


ピザ屋があった空き地の横を通っても、誰も空き地の方を見ない。


それが平穏に術なのだ。


ボクは高校を卒業し、大学生になった。


調理師になることはあの時にやめた。


今も何をしたら良いかわからず、ただ何となく実家から大学に通う日々。


あの窯田という男は仏とは程遠いものだった。


あのニコニコした笑顔は全て嘘だったのだ、あの時言っていた言葉も全部嘘だ。


あんなのは人間ではない。

人間もどきだ。


ボクは窯田という人物の本性を知り、正体を完全に理解した気でいた。


そんな時、ポストに届いた手紙を確認していると、うち宛に窯田の名前で手紙が届いていた。


また突き上げるような吐き気と全身振戦に襲われる。


我慢できずトイレで吐く。


幸いにも家族は出払っていたので、あの事件のことを思い出して吐いたのと悟られることはなかった。


誰かが吐くとみんなあの時のことを思い出してしまう。


震える手で手紙を持ち開封する。ゆっくりと手紙を引き出し開く。



ー丸山家の皆様へー


いつも当店をご利用いただき、ありがとうございます。

この手紙は、5年後に届いているはずです。なので今読んでいるあなたは私がこの手紙を書いている今から5年後のあなたのはずです。

この手紙は当店の常連様のご家庭へお送りさせていただいております。ご贔屓にしてくださり、誠にありございます。

さて、なぜ5年後に手紙を出したかと申しますと、5年以内には、窯田ピザ屋は閉店し、私は裁かれているだろうと確信があるからです。

あなたが生きる現在では、すでに当店、窯田ピザ屋は営業しておらず、店自体も無くなっているかも知れません。

うちのピザ屋が無くなったことに対してあなたはどう思いましたか?

なぜ無くなったか、ニュースや新聞で知っているかも知れません。

しかし、メディアは詳細をきちんと伝えない可能性があるのでこの手紙でお教えします。


私はピザ屋ではなく、本当は『片付け』と呼ばれる仕事をしていました。

片付けとは何かと申しますと、主にヤクザ組織から大金をもらい、死体を"片付ける"仕事です。

その死体を処理するために使っていたのがあの窯田ピザ屋です。

私はカニバリストと呼ばれるような人間です。私はきっと生まれた時からそうなのです。異常であることは、自分でも自覚しています。幼い時から、豚や鶏の肉は食べるのに、なぜ人の肉は食べないのかという疑問があり、一度口にしてから、人肉を食べることがどうしてもやめられないのです。

人肉は手に入れることが難しく、特別な日にだけいただいておりました。

肉欲しさに殺人衝動が抑えられなかった。何人か殺してしまっていたので死体の処理方法は知っていました。

そのため、この片付けは天職だと思いました。肉が食べられて、処理も設備を使えば簡単にできる。

遺体を骨と肉に分け、肉は豚肉や牛肉と一緒にミンチにし、みなさんに提供しています。1枚のピザにおおよそ、握り拳程度の人肉を使っています。

ご安心ください。しっかりと加熱してあり、衛生面にも細心の注意を払った上で提供しています。

骨は粉砕機で粉のように細かくして、深夜に川に撒きにいきます。

骨の処理は楽なのですが、どうしても肉が大変なのです。しかし、幸いなことに当店は大繁盛で、肉の処理に困りません。毎回少しだけ余りますが、それは私が責任を持っていただいておりました。

毎日のように人肉が食べられるのは幸せそのものでした。


ピザも工夫し、改良を重ねました。

人肉とバレないよう、ピザの味付けを濃くしたり、具の量を増やしてみたり。

その工夫がみなさんに喜ばれ、大変うれしかったです。

さて、本題はここからです。


私はあなたにお聞きしたいのです。かなりの頻度で当店のピザを注文してくださいました。

何枚のピザを食べましたか?というより


"""あなたは何人の人を食べましたか?"""


毎週のように当店を利用してくださるご家庭、中には週3くらいで来られるご家族もおられました。

あなたの家庭もその一つです。

そんなあなたは一体、何人の人を喰らったのですか?

そしてもう一つ伺いたい。

"人の肉はどんな味がしましたか?"

私の中で、人肉とはどの動物の肉よりも希少で美味しいものです。

みなさんも美味しく食べていたでしょう?

でもみなさんはこう思うはずです、それはピザの味付けで誤魔化されていたからだと。

ピザはそうです。でもスープも一緒に飲んでいましたよね?

あのスープの肉は人肉です。味付けに関しては、肉の旨みが引き立つよう、薄くしか味付けをしていません。

スープもピザ同様、大変好評でした。つまり、皆さんは人肉を美味しく食べていたんです。間違いなく"美味しい"と感じていたんです。


あなたは私と同じカニバリストです。望んでいなかったとしても私と同じカニバリストです。

でも悪いことではないのです。パプアニューギニアの少数民族は死者を弔うため、遺体の脳や筋肉を食しました。

食べるという行為は愛情表現でもあるのです。


それにあなたは嫌々人肉を食べたのではなく、好き好んで食したんです。美味しいからとお金まで出して、自ら進んで食したのです。

改めて伺います。


"どんな味がしましたか?"


何故私がただの死体処理屋ではなく、ピザ屋になったのか。

私は仲間が欲しいのです。一緒に人肉を食し、その素晴らしさを語り合う友が欲しいのです。

良さを分かって欲しい。食人とは野蛮な行為ではなく、牛や豚を食べる行為と何ら変わりなく、供養なのです。

そして最後にお聞きします。


"""まだあのピザとスープの味を思い出しますか?"""


あなたが思い出したピザには人がのっています。

あなたが思い出したスープには人が沈んでいます。


ー窯田圭吾ー




ボクはその場で崩れ落ち、胃の中が空になるほど嘔吐した。


絶叫し暴れ回りそのまま気絶。


帰ってきた家族もあの手紙を見たらしく、家族の雰囲気は最悪だった。


うちの家族も含め、近所の人たちは痩せていった。


発狂し、おかしくなってしまった人もいた。


無理もない。

人間である自分が人間を食っていたのだ。

しかも喜んで、味わって。美味しいと感じていた。


"あなたも私と同じカニバリストです"


その通りだ。

あの文章が脳裏に焼き付いて離れない。


ボクも発狂しておかしくなって、何もかも忘れてしまいたい。


その方が絶対に楽なんだ。


だが、発狂した人は少ない。


みんな向き合って生きているのだ。

ボクもそうしなくては。


だが、みんな向き合ってはいるが、正気ではないのだと最近感じ始めた。


うちの近所で、焼肉屋や牛丼屋など肉に纏わる店が連続でオープンしている。


しかも個人店ばかり。

そしてどこも繁盛している。


深く考えたらいけない。


人間という生物の深み。

本質のそのまた奥。

暗い暗い深淵を覗いたら、受け入れたら、もう人間ではいられなくなる。


おかしくなるんだ。誰もがみんな。


そしてボクも。


あの恐ろしい事件のことを考えているのに、今は吐き気を感じない。


それどころか空腹を感じる。


そして思い出す。


あのスープの味を。



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