久遠の線香花火
- 社ノ黑狐

- 2 日前
- 読了時間: 17分
懐古
ほんっと最悪!!
高校2年の夏休み。せっかく友達と遊びに行く予定だったが、8月から夏休みの終わりまで
父の実家で過ごすことになった。
“ど田舎”と聞いているその場所での生活など、地獄以外のなにものでもない。
「はぁ…最悪。」
後部座席から、運転する父の後頭部に文句を投げる。
「まあ、そう言うな。ばあちゃんもじいちゃんもお前の顔をほとんど見られてないからな。たまには会ってやらないと。」
父は気まずそうに笑った。
いつもならうるさいくらい喋る母も、今日は家を出たときから口数が少ない。
一昨日あたりに喉が痛いって言っていた。
風邪でダルいのかも。
私は、生まれてすぐと小学生のときの2回父の実家に来たらしいけど、どちらも記憶にない。
よっぽど退屈すぎて、記憶ごと消し去ったのだろう。
やがて、見慣れた道から知らない道へと車は入っていく。
車内でスマホを見ると酔うし、外を見ていても退屈。
私は目を閉じ、そのまま眠ってしまった。
「ほら、ナツキ。着いたぞー。」
父の声で目を覚ます。
窓の外に広がっていたのは、一面の田んぼ。
そしてその奥には、木々が生い茂る森のような景色。
「うっわ、マジで田舎……目が覚めたわ。Wi-Fiとかちゃんとあるの?」
ぶつぶつ文句を言いながら、両親のあとをついていく。
案内されたのは、まさに“THE・田舎”な民家。
「うわっ、囲炉裏とか……今の時代でも使うんだ。」
思わず声が出る。
「おぉ!よく来たなぁ、久しぶりだ!」
出迎えてくれたのは、ニコニコ顔のじいちゃん。
そして、その横に並ぶばあちゃんも、同じように優しい笑顔。
さっきまで“最悪”だった気分が、ほんの少しだけ和らいだ。
居間でしばらく談笑したあと、祖父母は畑へ向かった。
私もやることがないので、なんとなく後をついていく。
「おぉ、そうだ。少し先に神社があるぞ。可愛い狛犬がおるでな。」
ばあちゃんが思い出したように言う。
「えっ!?ほんと?見たい!行ってみる!」
私は指さされた方向へ向かって歩き出した。
「えっ、ここ? 階段やば……。」
見上げても終わりが見えないほどの石段。けど、可愛い狛犬見たさに、息を切らしながら上り始めた。
頂上にたどり着くころには、汗だくで呼吸も荒くなっていた。
しばらくして息を整え、狛犬を探す。
鳥居をくぐると、境内の先にどっしりと腰を据える二体の狛犬。
「あ、これか……」
近づいて覗き込む。
「え〜っ?!全然可愛くないじゃん!どこが可愛いのよ!」
その狛犬の顔は、険しく、どこか怒ったような表情。まあ、よくあるやつって感じ。
期待していた“可愛さ”は、微塵もなかった。
「せっかく頑張って階段登ったのに〜!」
思わずぼやく。すると、後ろから声がした。
「バチが当たるぞ。」
不意に声をかけられて、ビクッと体が跳ねた。
心臓がバクバクと鳴る。
振り返ると、そこには狐面をつけた甚平姿の青年が立っていた。
「今日、この村に着いたんでしょ?」
お面の下から聞こえてくる声は、不思議なくらい落ち着いていて、どこか安心感があった。
「そうだけど……なんで知ってるの?」
「ここから見えたんだよ。ここは村で一番高い場所だからね。」
そう言って、彼は境内の木陰に腰を下ろした。
「ずっとそこにいるの?その格好で? 不審者すぎるでしょ?」
思わず笑ってしまいながらツッコむ。
「ここはね、村で一番静かで、落ち着く場所でもあるんだよ。だから、俺はこの場所が好きなんだ。」
言われてみれば、確かに静かで、風も気持ちいい。
「あなた名前は?」
「…えっ……? 分かんないの?」
お面の下は見えないけれど、声の調子からして本気で驚いているみたいだった。
「わかるわけないじゃん。初めて会ったのに。」
そう言うと、彼は少しうつむいて、すぐに顔を上げた。
「……ああ、そっか。そうだよな。俺、天っていうんだ。」
「テン……?」
その名前を聞いた瞬間、胸の奥にふわっと懐かしいような感覚が広がった。
「俺さ、毎日ここにいるんだ。また来てよ。」
そう言い残して、天は立ち上がる。
「あっ、ねえ待って! 私の名前は?」
「ナツキでしょ? そんなん、知ってるよ。」
「えっ!? なんで知ってるの?」
思わず驚いて聞き返す。
「秘密。」
天は手を振って、のんびりと階段を下っていった。
「……なんで知ってんのよ。」
誰にも聞こえないような声で、私はひとりごとを呟いた。
階段を下りながら、天がどうして自分の名前を知っていたのかを考える。
誰かに聞いたんだろうか?田舎だから情報の回りが早いとか?
それとも、前に会ったことがある……?
ここに来たのは小学生のときだし、その記憶がまったくない。
でも、あんな雰囲気のあるイケメンっぽい男の子、会ってたら絶対忘れないと思うんだけどな……。
ちょっとタイプかも。
顔、見せてもらえばよかったな。
畑に戻ると、じいちゃんが田んぼの端に腰かけて、私の帰りを待っていた。
「やっと戻ってきたか。そんなに狛犬が可愛かったか?」
じいちゃんは優しく微笑む。
「全然可愛くなかったよ! あんなに頑張って階段登ったのに〜!」
そう言うと、じいちゃんはガハハハと大笑いした。
家に戻ると、ばあちゃんが用意してくれたご飯が、ずらりと食卓に並んでいた。
天のことを聞こうと思ってたのに……すっかり忘れちゃってた。
それから毎日、することもないので、私は天に会いに行った。
約束
「ねぇ、そろそろお面取らない?暑いでしょ。」
何度ここへ来ても、天は必ずお面をつけたままだ。
「取らないよ。これ、俺の体の一部みたいなもんだから。取りたくても、取れないの。」
天はそう言って笑う。
私は、お面をずっと見ているうちに気づいたことがあった。
狐面の上の方、狐の耳が少し欠けていて、ところどころ擦れたような傷がついている。
「そのお面、誰かにもらったの?」
私がそう尋ねると、天は少しだけ声のトーンを落とした。
「…うん。」
ほんのわずかに、悲しそうな響きがあった。
気まずくなりそうな空気を変えたくて、話題を切り替える。
「ねぇ、この村って、お祭りとかないの?」
「んー、前はやってたんだ。俺が小学生くらいの頃までは。でも、人口が減っちゃってさ。子どももあんまりいなくなって、年寄りばっかになって……それでいつの間にかやらなくなっちゃった。」
少し寂しそうに、天は言った。
「そっかぁ……ちょっと楽しみにしてたのにな。」
「この神社でやってたんだよ。境内の隅に休憩場が建てられて、そこに屋台が並んでさ。」
天は懐かしそうに指をさす。
「そうだ、花火しようよ。神社の奥の森に、ちょっと開けた場所があるんだ。屋根付きのベンチもあって、ゆっくりできるよ。」
そういえば、夏休みは20日まで。あと一週間で帰らなきゃいけないんだ。
「うん、いいね。楽しみ。」
天と会えるのも、あと少し。
……なんだろう、この感じ。ちょっと本気で好きになっちゃってるのかもしれない。
「よし!じゃあ明日の夜にしよう。」
「あっ、そういえばじいちゃんがね、手持ち花火買ってくれてたの!私がやりたいって言うかもって、わざわざ用意してくれてたらしいよ。……完全にちびっ子扱いだよね。」
「ちょうどよかった!どっちにしろ、ナツキに用意してもらおうと思ってたんだよ。」
「はあ!?他力本願すぎ!そういうとこよ!」
2人で笑い合う。空気はふわりと軽く、心がくすぐったい。
「私さ……なんとなくなんだけど、天に会ったことある気がするんだよね。」
ふいに、妙な間が生まれる。
ほんの一瞬。けれど、その沈黙が異様に長く感じられた。
すぐに天が返してくる。
「昨日も会ったし、一昨日も会ったしな〜。」
茶化すように言われて、私はちょっとムッとする。
「……真面目な話!ちゃんと聞いてよ!」
怒り気味に返すと、天は少し笑ってから、私の頭に手を置いた。
「じゃあ、いつ会ったか思い出してよ。」
そのまま、優しく撫でられる。
……心臓が飛び出るかと思った。
ドキドキしすぎて、言葉が出てこない。
…ん?
「……えっ、私たちって、会ったことあるの?」
「あるよ。」
その一言に、頭の中が真っ白になる。
思考が止まっているうちに、天は立ち上がって言った。
「じゃ明日な。花火、忘れんなよ。夕方に来てね。」
そう言って、軽く手を振って帰っていった。
会ったこと、あるって……。
やっぱり赤ちゃんの時か、小学生の時?
全然思い出せない。
でも、確かに“何か”が胸の奥で引っかかってる。
うちに帰ったら、お父さんとお母さんに聞いてみよう。
ていうか……さっきの撫で方、ずるい。
心臓まだバクバクしてる。
ほんとに、好きになっちゃったみたい。
花火の時、思いきって告白しちゃおうかな。
そんなことを考えながら、私は家へと戻った。
追憶
花火の当日。夕方5時ごろ、私はテレビを見ている母に声をかけた。
「ねぇママ。天って名前の男の子と、私って会ったことある?」
母はびくっと顔を上げ、そのまま固まった。
驚き、怒り、悲しみが混ざったような表情。
「……えっ、なに?」
思わず身を引いたその瞬間、母は立ち上がり、私に向かって勢いよく歩いてきた。
「ちょっ、なに!?怖っ!」
身構える私を、母は強く抱きしめた。その様子を、父も険しい表情で見つめている。
「頭痛かったりしてない?気分悪くない?」
母は私の顔を両手で挟んで見つめてくる。
「やめてよ!いきなり何!?怖いんだけど!」
混乱する私に、父が静かに問いかけた。
「……思い出したんか?」
思い出した?
やっぱり、私と天は昔に会ったことがあるんだ。
「“思い出す”って何?」
私がそう聞くと、母が突然声を荒げた。
「やめて!もう何も考えないで!」
再び抱きしめられた。
母の身体は、小さく震えていた。
「だから、あんなに言ったのに……。神社に毎日行くのはやめさせようって!」
父は黙って俯いていた。
「ナツキ、お願い。もう神社に行かないで。ここにいて。何も思い出さないで!」
母の取り乱した声でじいちゃんとばあちゃんがやってくる。
2人とも悲しそうな顔をしている。
母の必死な言葉に、私は反発する。
「ダメだよ、そんなの!ちゃんと教えてよ!」
重苦しい沈黙のあと、父が何かを決意したように口を開く。
「……わかった。いつかは思い出すだろうし、乗り越えるなら早い方がいい。」
「何を言ってるの!?またこの子が傷つくのよ!」
母が叫ぶのを、父は優しく諭すように受け止め、私を部屋へ連れて行った。
「ナツキ、絶対に取り乱すな。いいか?落ち着いて聞いてくれ。」
私は黙ってうなずく。
「お前がここに来たのは、今回で三度目。それは覚えてるな?」
「……うん。」
「問題は、前回。二度目に来たときのことだ。……お前は、そのとき記憶喪失を起こしている。」
「記憶喪失?私が……?なんで?」
「夏休みの間、毎日、ある男の子と一緒に遊んでいた。主に、あの神社でな。俺が迎えに行くまで、楽しそうに遊んでた。」
私はすぐに気づく。
「……天?」
父は静かにうなずいた。
「天くんが…お前の記憶喪失の原因だ。彼は……亡くなった。」
「えっ?」
"亡くなった"
言葉の意味が、理解できない。
「亡くなったって……死んじゃったってこと?嘘でしょ……!?」
「落ち着け、ナツキ。彼が亡くなったのは、お祭りの日の夜だった。」
父の声が少しだけ揺れた。
「お前たちは祭りのあと、神社の奥で2人きりで花火をしてた。俺たちは片付けをしていて、2人だけにしてた。それが……よくなかった。」
息が詰まって、呼吸が浅くなる。胸に手を当てて、必死に落ち着けようとする。
「急に大雨が降ったんだ。それはもう滝のような豪雨で、俺も慌てて様子を見に行こうとした。でも、片付け中の屋台が崩れてきて、足に鉄パイプが落ちて動けなくなった。他の人を呼ぼうとしたけど……時間がかかった。」
父は苦しげに目を伏せる。
「……お前たち、きっと怖かっただろう。けど、花火をしてた場所には古い東屋があったから、雨宿りできてるだろうと思ってた。」
「それで……なんで、天が……?」
「お前は大雨に怯えて動けなくなっていた。彼はその姿を見て、助けを呼びに行くって、1人で飛び出したんだ。」
「…………。」
「真っ暗で、大雨で、足元も悪かった。……足を滑らせて、急な斜面を転げ落ちて、頭を強く打って亡くなった。」
信じられなかった。受け止めきれなかった。
「迎えに行ってくれたのは、天くんのお父さんだった。現場には、お前だけがうずくまって泣いていたそうだ。……翌朝、崖下の泥の中から天くんが見つかった。」
……私のせいだ。
「天くんの両親は、お前の話を聞いて泣いていた。『あの子はいい子に育ってくれた』『思いやりのある子になった』『誇らしい』って。」
目の奥が熱くなり、次第に涙がこぼれ落ちる。
「そのあと、俺たちは正直に話した。……天くんが亡くなったことを…。お前はしばらく泣いたあと、突然気を失った。目を覚ましたのは病院で、そして……すべて忘れていた。」
じゃあ…今、神社で私を待ってくれている彼は……。
誰?
胸を締めつけられるような痛みと涙をこらえながら、花火を掴んで立ち上がる。
そして、玄関を飛び出した。
「ナツキ!!」
父の叫びが後ろから聞こえたが、振り返ることはなかった。
天のことを忘れていた自分が、許せない。
そして、神社で“天”を名乗った彼が、嘘をついていることが許せなかった。
階段を一気に駆け上がる。息が上がっても止まらない。
境内に着くと、狐面をつけた彼がいた。
「おお、そんなに急いでどうしたの?そんなに楽しみだった?」
私の息が荒れているのを見て、彼は笑いながら近づいてくる。
「来るの遅いよ?」
私は、涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、叫んだ。
「ねぇ!!あんた、誰よ!!“天くん”って、嘘でしょ!?」
「……え?」
「亡くなった子のふりなんて、なんでそんなひどいことするの!?だからお面も取れないんでしょ!?最低だよ、本当に!!そんな汚いお面、今すぐ取ってよ!!」
怒りと悲しみで震える声。泣き叫ぶ私の前で、彼は黙ったまま少しの間立ち尽くしていた。
やがて、静かに言った。
「……わかった。」
そして、彼はゆっくりとお面を外した。
そこには———
一途
「えっ……その顔、どうしたの……?」
お面を外した彼の頬や額には、深く抉れたような傷痕が残っていた。治りかけの跡だが、見ていて胸が痛くなる。
「転がり落ちたとき、枝に引っかかったみたいなんだ。そのあと頭を打って……。」
天は少し笑った。
「“痛っ”って思った瞬間、真っ暗になった。気づいたら、神社にいたんだ。」
その声は、どこか諦めに似た静けさをまとっていた。
「来る人に声をかけても、誰も応えてくれなかった。目の前に立っても、気づいてもらえない。……それが“無視”じゃないって気づいたのは、数日後だった。」
天は空を見上げた。
「父さんと母さんが、神社に来たんだ。泣きながら、花を持ってきて……“ありがとう”って、“忘れない”って。……“大好き”だって。」
声が震える。私の胸にも、何かがぎゅっと込み上げる。
「だから俺も泣いた。父さんと母さんの声はちゃんと聞こえるのに、どんなに大きな声で泣いても……俺の声は、届かなかった。」
少し間を置いて、彼は言った。
「幽霊になったんだって、そのときやっとわかった。」
……じゃあ、本当に……天くん、なんだ。
そんなこと、あるの?
「それからずっと、ここにいたよ。神社に来る人を、ただ眺めながら。」
遠い記憶を辿るような声だった。
「最初は、毎日泣いてた。起きたら父さんと母さんが迎えに来てくれるんじゃないかって……これは夢で、いつか目が覚めるんじゃないかって……そう信じてた。でも、来ない日が何日も続いて、泣かなくなった。というか、泣く歳じゃなくなってた。」
少し笑う。だけどその笑顔は、少しだけ寂しそうだった。
「それでも、ずっとここにいた。ここしか、いる場所がなかったんだ。」
天は、優しい目で私を見る。
「ナツキのこと、思い出したんだ。だから、待つことにした。いつか、また来てくれるかもって。……それから毎日、神様にお願いしたよ。ナツキにまた会えますように。話せますようにって。たった数日でも、いいからって。」
私は、言葉が出なかった。ただ、うなずくだけだった。
「……願いが叶ったんだ。」
天がふっと笑う。
「ナツキに会えて、話せて、毎日一緒に過ごせて。嬉しかった。ほんとに、ほんとに、ずっと……ずっと待ってたから。」
その言葉に、胸がいっぱいになって……。
私は思わず、天に走り寄って抱きついた。
彼の言葉を遮ってしまったけれど、どうしても、今すぐ触れたかった。
その体は、夏の夜には不釣り合いなほど冷たかった。
それでも、私はしがみついた。
「……俺ね、ナツキに謝りたかったんだ。」
天の腕が、そっと私の背中へまわる。
「ちゃんと助けを呼べなくて…ごめんね。ひとりにしてごめん。……すごく、悲しませちゃって。本当にごめんね。……やっと、言えたよ。」
「違うよ……私のほうこそ、ごめん。全部、私のせい……。」
私は涙を流しながら、天の胸に顔を押し当てた。彼は優しく頭を撫でてくれる。
「このお面、ナツキがくれたんだよ。覚えてる?これをつけていれば、すぐ俺だってわかってくれると思ったんだ。」
そうだった。あの、お面の傷。
「でも、俺との記憶をなくすくらい、辛かったんだよね? 思い出さないほうが、いいかもって……最初はそう思った。でも、どうしても欲が出ちゃってさ。ずっと待ってたから……ナツキが思い出してくれたら、もっと幸せだなって。」
彼の声が、少し震えていた。
「自分勝手だった。ごめん。だから、最後までお面を外せなかった。」
私は、そっと目を閉じた。
そして、浮かんだのは、あの頃の記憶。
神社の奥、男の子と女の子が手を繋いで歩いていく。
女の子が、自分の顔につけていた狐のお面を外して、男の子に渡す。
「これ、お祭り来る前にじいじがくれたの。“ちょっと大きいけどかっこいいぞ”って。」
「ナツキちゃんには、まだ大きいね。」
2人は、笑っていた。
「だから、天くんにあげる。きっと、天くんのほうが似合うから!」
あのときの天は、本当に嬉しそうにお面を受け取っていた。
……思い出した。
その瞬間、頭に激しい痛みが走り、私はその場に崩れた。
「ナツキ!?大丈夫!?」
支えてくれる天の腕の中で、私は必死に記憶をたぐる。
頭の中がぐるぐると回って、でも、少しずつ、少しずつ……すべてが繋がっていった。
やがて、頭痛が嘘のように消える。
「……大丈夫。」
私は顔を上げ、そして言った。
「ごめんね。……ごめんね。あの傷は、私を守ってくれた証なのに。汚いなんて言って……天くんを、最低だなんて……全部、私のことだった。」
震える声で、続ける。
「都合の悪いことを勝手に忘れて、なかったことにして……こんなにも大事な思い出に蓋をして……。私、最低だよ……。」
すると、天は私をそっと抱き寄せた。
「そんなことないよ。俺の願いは叶ったんだから。叶えてくれたのは、ナツキだから。……ありがとう。」
その言葉に、涙が止まらなかった。
天は私の頭に手を添え、静かにキスをしてくれた。
とても優しくて、穏やかで、あたたかくて……。
頬に、ぽつりと落ちる雫。
彼も泣いていた。私の涙と混ざって、彼のぬくもりが広がっていく。
キスが終わると、天は少し照れたように笑っていた。
「ねぇ……約束通り、花火しよう?」
私がそう言うと、天は優しい顔で頷き、手を差し出した。
私たちは、手を繋いで、あの思い出の場所へと歩き出した。
また、あのときみたいに、笑い合いながら。
灯滅
彼とぴったり寄り添いながら、手持ち花火に火をつけた。
パッと周囲が明るくなる。激しく弾ける火花の音に、彼の優しい横顔が照らし出される。少し騒がしい火花と、そのすぐそばにある静けさ。
「ねぇ、俺……ナツキのこと好き。」
天がぽつりと呟く。
「そっか。じゃあ、両思いだね。」
私も笑って返すと、彼も同じように微笑んだ。
「すんなり成仏しなくて、よかった。」
ちょっとおどけた声に、私も思わず笑ってしまう。
燃え上がる花火の光に、天と過ごした日々の記憶が重なる。
私の手を引いて走る彼。追いかける私。どこへ行くにも一緒だった。何気ない会話に笑って、どこまでも満ち足りた時間。退屈なはずの夏休みが、あっという間に過ぎていった。
この上なく、充実していた。
気づけば残りの花火は少なくなっていた。最後に残ったのは、線香花火。
「じゃあ勝負しよう。俺のとナツキの、どっちが先に火が落ちるか。」
「うん。いいよ。」
私たちは同時に火をつけた。
赤い玉がふくらみ、やがて小さくパチパチと音を立てて揺れだす。優しい光、切ない音、夜の中に浮かぶ儚い灯り。
「あ……。」
先に、天の火花が落ちた。
「私の勝ち!」
声を弾ませる私に、天は負け惜しみも言わず、ただ優しく微笑んでいた。その表情には、言葉では言い表せないほどの想いが詰まっていた。
「ナツキ、ありがとう。……大好き。ずっと、ずっと大好きだった。」
彼が立ち上がる。その足元から、霧のように薄れていくのがわかった。
「なんとなく、わかってたんだ。きっと、花火が終わったら……お別れだなって。」
胸がぎゅっと締めつけられる。
私は思わず彼の腕に飛びつき、抱きしめて、キスをした。今度は、私から。
強く、強く抱きしめる。だけど、彼の身体は少しずつ、透き通るように消えていく。
「好き……大好き……大好きだよ、天……。」
必死に想いを伝える。
「うん。俺もだよ。」
「絶対に……忘れないから。」
「……生まれ変わりとか、生き写しって、本当にあるのかな。」
「どうだろう。でももし、そうなったら……また私と…花火してくれる?」
「絶対する。」
「ありがとう……。」
涙を拭いながら、私は小さく呟いた。
目を開けると、彼はもう、そこにはいなかった。
気づけば左手には、彼が地面に置いていったお面が残っていた。線香花火の火花が落ちて、少しだけ焦げてしまっている。
けれど、それもきっと、大切な記憶のかたち。
目に見える形で、私と彼の思い出が残った。
「これなら……絶対に忘れないよ。」
私はお面をぎゅっと抱きしめて、美しい星空を見上げた。
また会おうね、天。



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